YURI’S THERAPY ROOM

セラピストYURIがお届けする愛と癒しのスピリチュアル・メッセージ&どうってことないひとりごと

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清正の井戸

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TV番組の中で
携帯の待ち受けにすると幸運が得られるという発言があったことから
参拝者が列をなすようになったという明治神宮内 清正の井戸。

明治神宮御苑の中にあるこの井戸に
「とても特別なエネルギーなんですよ」と
3年くらい前に連れて行ってもらったことがあります。

その頃は行列などはまだなく 時折人が訪ねるといった感じでしたので
心ゆくまでゆっくりとその場にいることができました。

気持ちがいいエネルギーが漂っているので
だれもが何となく なかなかその場を立ち去ろうとしなかったのを憶えています。

とても暑い真夏日だったように記憶していますが
昔を思わせるような田んぼや菖蒲田をぬけてついたその場所は
不思議な涼しさでした。

その井戸は丸い形で
ちょうど鏡のように澄んだ水が湧き続けており
それはそれは清らかなのです。

その場所というのが
とっても蒸し暑くて 
藪蚊がたくさんいてもおかしくないような場所であるというのに
(実際その井戸から少し離れるとそんな感じ)
実際には とても涼しく 清らかな気が井戸を中心に廻り一面に漂っているのでした。


この井戸は昔 加藤清正公という武将が
家臣や村民たちがきれいな水を飲めるようにと自ら掘ったとされる
と書かれた立札があったように記憶しています。

その不思議なまでに清いエネルギーと
その立札に書かれていたことが
わたしの中で連動して
「意図」ということの重要さについて
しばらく考えていたのを憶えています。

日本中に井戸も湧き水もたくさんあります。

この清正の井戸が特別なのは
もちろん明治神宮内という特別な場所であるということもあるのでしょうが なにより この清正公の心根のようなものが反映しているとわたしは感じたのでした。


「意図」というのは「なぜ」ということです。

どのような言動も すべてこの「意図」が反映しています。


「なぜ それをするのか?」

「なぜ それを言うのか?」


それは実際の言葉や行為よりも 重要な意味を持っているのだと気付かされました。

わたしは歴史的にも全く知らないこの清正公という人物の
そのすがすがしい人格に想いを馳せました。

そこには全く「私心」「我」というものがなかったのです。


「我」がなければ 人は神です。
伊勢神宮にお祭りされているご神体の鏡は
真ん中の「我」を除いたならば ここに映っているあなたが神ですよ
、ということを表わしているといいます。


清正の井戸は神さまが掘った井戸なのですね。
清いはずです。

そして その井戸を掘った時の「意図」が
長い年月を経てもずっと効力を発していることに
わたしはとても感動したのでした。

菖蒲の季節にまた行ってみたいと思います。


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