YURI’S THERAPY ROOM

セラピストYURIがお届けする愛と癒しのスピリチュアル・メッセージ&どうってことないひとりごと

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現実って何のこと?

わたしたちの体験する現実は わたしたちが信じているものでできている。

と聞いたら

「でも 現実に見たり 触ったりしているのは物質で 
 信じていることは非物質でしょ?
 それって素材が違うのでは?」

と思われるのは当然です。

でもこんな体験はありませんか?

ポケットに入れたはずの切符。
「あれ?どこだっけ?」と思った瞬間
どこにも存在しなくなる。
ポケットの中は何回も見た。裏地までひっくり返して。 
バッグの中も ポーチの中も 
入れた覚えのないお財布の中まで探してみるけど どこにもない。

そして家に帰り ポケットの中に発見するのです。

わたしはこれが不思議でしょうがなかった。
単なる不注意。(確かにわたしは不注意です。が。)
そういう風に片付けられない何かを感じていたのです。

わたしたちの脳にはフィルター機能があり
わたしたちがすでによく知っていること(確信していること)や
逆に ないと確信していることを
そのフィルターにかけてしまうのだと知り その謎が解けたのです。

わたしたちの脳は大変な処理能力を持っているのだけれど
その数パーセントしか使われてはいない。
なぜならわたしたち人類の脳に 肉体が追い付いていないから。
脳は身体の中で最もブドウ糖 つまりエネルギーを消費するけれど
肉体の方は脳が全開になるほどのエネルギーを供給できる力を備えてはいないのです。

そこで 省エネのため もう確信していること  そして逆に
信じていないこと に関しては
いちいち確認しない、という機能を脳は使っている。
そういうものごとに関しては 見たり 聞いたり 触れたり 嗅いだり 味わったりしても
その知覚情報を脳が遮断してしまうのです。

もしこれを「ためしてガッテン」風に説明するなら
王さまのところに「城下ではこんなことが起こっていますよ!」と知らせに来た使者を
大臣が門前払いしてしまい 王さまは何も起こっていないと思い込んでいる。
みたいなことですね。

わかりやすい例では
心躍る大好きな音楽を連日聴いているうちに ちっとも感動しなくなる、とか
不快な匂いに慣れてきて平気になる、とか
配偶者が空気のような存在になる、などかな。(これはいつもあるものの例)

このような場合 完全なシャットアウトではないのですが
その存在を確信したために 存在を感じにくくなっているわけですから
しばらくインターバルを置くと 再び存在を認識できるようになります。

ない方の例では 昔 黒船が日本にやって来た時
あんなに大きな船が海の上にあるのに 
たくさんのそれを信じることができない人たちには その船が見えなかったということです。
(何度も切符をなくしたわたしには これが真実だと理解できる)

UFOを見る人は何度も見ているのに 信じない人は全く見ていません。
見たことないから信じないのではなく 信じていないから見えないのです!

脳が情報をシャットアウトするということは
触れているのに 触れていないと感じ
見ているのに 何も見えないと感じる
ということです。

そうなのです。
わたしの切符はずっとポケットの中にあったのです。
わたしの手はそれに触れていたし わたしの目はそれを見ていたのですが
脳で認識する段階で 却下されたのです。

それは「存在しない」ということとどこが違うのでしょうか?

どこも違いません。

信じていないものを知覚することができないとしたら
わたしたちの現実の世界は
わたしたちが信じているものでできているのに違いないと思うのです。






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