YURI’S THERAPY ROOM

セラピストYURIがお届けする愛と癒しのスピリチュアル・メッセージ&どうってことないひとりごと

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闇と呼ばれるものの正体は?

みなさま こんにちは。

まぁ、ずいぶんと間が空いてしまいました。
もうひとつのブログの方は時々更新していたのですが。。。




          






洗脳からの離脱

みなさま こんにちは。

新緑の眩しい緑の風が吹くこの季節が
一年で一番好きなのですが
黄砂とか放射能とか
目には見えないもののことが
気にしないでいるつもりでもどこか心に引っかかって
どうにも以前のようにアウトドアライフを楽しめない気分です。

わたしたちの美しい地球には かつて
美しい土地と水と空気が
無償で誰にでも等しく与えられていました。

ポケットや口座に全くお金を持っていなくても
綺麗な小川の流れる自然の中にに歩いて行き
陽射しを受け 風に吹かれれば
その気持ちよさを誰もが享受することができたのです。

今はといえば
どんなにお金があっても
それらを買い戻すことはできません。

自然の豊かさ、美しさは
わたしたちにとって何よりもの贅沢品になったのです。
とても悲しいことですが。


このままいったら地球は存続できなくなりますよ。

アマゾンから森がなくなり
酸素が減って
水は汚染されてしまいます。

さらなる便利さや消費を追うことを今すぐ止めなければ
誰もその上で生きることができなくなりますよ。

そんな風に警告してくれる人々はいたのに
わたしたちは 方向転換することができなかった。

なぜわたしたちは何かを得ることに
こうも夢中になってしまったのでしょうか?

もうずいぶん昔 わたしたちが全く気がつかないうちに
わたしたちがそういう風になるような
仕組みが作られました。

その仕組みは一見わたしたちをいい気分にしてくれるものだったり
そちらに向かえば幸せになれると思わせてくれるようなものだったので
わたしたちはこぞってその仕組みに取り込まれてゆきました。

「もっともっと得ることができれば 幸せになれるよ」
そういう潜在的・顕在的メッセージによって。

そこでは洗脳(マインドコントロール)という手法がとられています。


けれども今
わたしたちは立ち止まり
自分の目で確かめ始めています。

わたしたちっていったいどこに向かってたんだっけ?

これがわたしたちの求めていた幸せなの?

そもそもわたしたちが持っていたもので
わたしたちは充分幸せだったのではない?

洗脳は解かれてしまえば
いったい今までどうして?って思うくらい
あたりまえのことが見えてきます。

わたしたちは
「物質教」「豊かさ教」の信者でした。
信者というのは半分眠ったような状態
いわば催眠状態なのです。
信じること以外には耳を貸さなくなるので
とても狭い世界に住んでいます。
そしてあたりまえのことが見えなくなるのです。

そこから抜けるには
目を醒まさなければなりません。
目を醒ますのに一番効果的なのがショックを与えることです。

今回の大震災というショックによって多くの人の洗脳が解け
わたしたちは今や脱信者です。

洗脳が解けた元信者というのは
熱心に信者に真実を伝えようとします。

それはより多くの人の目を醒ましてゆくことでしょう。

次回はわたしたちが闇とよぶものの実体について書いてみたいと思います。

では雨降りですがよい一日を♪





*CommentList

所有ということ

新緑の季節を迎えました。

あの忘れることのできない大震災から二か月がたとうとしています。

この2ヶ月弱は被災地の方々はもちろんですが
私たち一人一人にとっても
「あなたはどう生きますか?」と問いかけられているような日々だったように思います。

それでも少しづつ落ち着いてきて
新しい何かがそれぞれの心の中のスペースに
生まれたのではないかと思います。

まるで映画のシーンのように家や車が流されていく場面を見て
衝撃を受けなかった人はいないと思います。

映像で見てさえあれほど心を揺さぶられったのですから
実際に体験された方はいかばかりだったことでしょう。


「自分にとって一体何が大切なのか?」
声なき声はわたしたちの心の中でささやき続けます。

自分の身体と着ていた服以外すべてを流されてしまったなら
結局自分が持っていると思い込んでいたもののすべてを
本当は自分は持ってなどいなかったのだということがわかります。

実のところ 私たちは何一つ所有などしてはいないのです。
所有していると自分で思い込んでいるに過ぎず
その思い込みを保証(?)する社会の仕組みがあるだけです。

所有とは、私たちが
「わたしはこれを持っている」
「わたしはこれに対し全権を持っている」
と思っていることですが 
実際にわたしたちは何ひとつ所有してはいません。
自分以外の何かに対し「全権を持つ」ことなど不可能なのです。

わたしたちが所有とよぶ概念はこの次元の外には存在しませんが、
あえて説明すれば
「あるひとつの存在(意識)が 対象となる存在と同じ時空に存在している」という単なる事実に
「自分が望めば好きなだけ長くそう(共存)できる」という思い込みが加わったものです。

あなたが「何かを持っている」と思っていることというのは
実際にはその何かと ある時(期間) ある場所で一緒に存在している、
という事実に過ぎないのです。

全ての存在に自由意思が保障されているこの宇宙では 
何かがあなたとずっと一緒に居続けることをあなたが強要することなどできません。

恋人にずっと自分と共にいることを(たとえ婚姻制度などというものを発明しようとも)
強要することができないことはもちろんみなさんご存じでしょうが
まるで自由意志など持たないように見えるモノ、たとえばあなたが購入した美しいグラスでさえも 
いつ粉々に割れてあなたの前から姿を消すかわからないし 
割れないものであったとしても いつ失くすかわかりません。

もちろん意識というものは干渉し合うエネルギーですから 
あなたがその対象と長く一緒にい続けたいと願い 大切に扱うなら 
より長く一緒に存在できうるような影響はあるでしょう。
ですが基本的に「自由意思」というのは
この宇宙の法則の中でも侵さざるべきゴールデンルールであるようです。

私たち人類は「支配欲」というものを得てしまったので
何とか「所有している」と思いたく「お金」「所有権」「婚姻制度」「登記」など様々な発明をしてきました。
けれども震災でわかったように社会の仕組みが機能しなくなれば霧のように消えてしまうものです。
そもそもその対象が消えてしまえば どうやって所有できるのでしょう?
「所有している」と思い込むことで安心を得たい、というわたしたちの気持ちを検証してみる必要があります。

そのようなもので得た安心は不安と背中合わせです。
物を持っているから安心できる、口座にたくさんの預金や資産を持っているから安心できる
そのように思っているひとは ひとたびそれが減り始めた時の不安を体験すれば 
何も持っていない人よりさらに不安が大きいことに気がつくことでしょう。

何が言いたいのかというと
「わたしたちはなにも所有してなどいないし することもできない」
ということです。
わたしたちが所有と呼んでいる概念は「単なる思い込み」なのであって事実ではありません。

被災地ですべてが流されてしまって 自分の身一つになってしまった方と
わたしたちは実際には何も持ってはいないという点で同じです。

ひとつ大きく違う点は 被災地の方々が
「自分は何も持っていない」という事実に気付いた状態であるのに対し
わたしたちはそのことに気づいていないということです。

実際にはすべてが意識というエネルギーが具現化したものであり
それぞれが等しく創造主から自由意志を与えられて存在しており
肉体も含めて 生まれては消えてゆく運命であるということを
わたしたちは学ぼうとしています。

意識的であろうと無意識的であろうと
わたしたちは常に何かを生み出しています。
なぜなら わたしたちの意識は常にどこかに向くようにできているからです。

それは遅かれ早かれ消え去るものです。

消え去った存在の自由意志を尊重し
ここからまた新しく何かを生み出してゆきましょう。
それがまた消え去る運命であるにせよ。

望まないものではなく 望むものを生みだしてゆきましょう。
平和な喜びの星になるために。

それを心から味わい その後手放してゆき
そしてそこからまた始めましょう。





*CommentList

わたしたちと地球が向かう先

今地球が通過しているのはより高い周波数への移行です。
それはとてつもなく加速しています。

そしてその波動に共鳴して周波数を上げている人にとっては
潜在意識の中にあるものがどんどん現象として現れてきています。
外側の現象世界にばっちり意識が向いている人はそれが意識されにくいので
何も起こっていないように感じます。
ですがいつかはそれに向き合うことになります。

それはポジティブなものばかりではなく、かつて感じたネガティブな感情や思考、
遺伝子レベルで持ちこされたものまでが表出しています。
それはまるでホラー映画の様かもしれません。

感情的や現実的なアップダウンの体験をしたり 
カルマ的な浄化を体験することが多かった人も多いでしょう。


ですが わたしたち人類はこのような望まない創造をやめる時に来ているのです。
それは実際にホラー映画同様 幻想であり創作であるからです。


以前ブログに願望を現実化することを家を建てることに例えて書いたことがあると思いますが
土地という潜在意識に石が埋まっているなら、そこに自由に家を建てることはできません。
石はあなたの潜在意識の中にある制限的な意識、思い込み、条件付け、信念です。
後に行くほど強固な石となります。

そしてこれは遺伝子という電気信号的なシステムの中で世代を超えて伝達されるものであるということを、
わたしは今では確信しています。
つまりあなたは、あなたの先祖、とりわけ近い親族の思い込みや信念が
解放されることによる影響も受けているということです。
カルマの解消と呼ばれるものかもしれません。

このことを悪いことが起こっていると認識しないようにしましょう。
石が埋まっているのに ないものとして家を建てても望むように建てることはできないのですから 
また建て直すことになるかもしれません。

今宇宙のエネルギーが あなたに協力して 
無償でクリアリング・セッションを行ってくれているのだと考えてみましょう。

わたしたちが創造主として 瞬時に現実化を行うようになるには 
ネガティブな恐れを手放すことと自分と他の存在は全てひとつであるということを学ぶ必要があります。

そうでないなら 瞬時の現実化はあなたを恐ろしい現実に存在させてしまうことになるでしょう。
ちょっと恐れただけでそれが現実になったり 誰かの不幸を願ってしまったりしたら 自分にそれが展開するのです。
今現実化に時間的猶予があることにむしろ感謝するべきですね?

今起こっていることに抵抗するのをやめて
それを受け入れましょう。
すべて自分が作り出したものなのですから
あなたはそれをどうにでもすることができます。


わたしたちは神から与えられた創造性を使って 
恐ろしいことではなく良きことを
望まないことではなく望むことを生みだすことを学んでいます。

そのことをわたしたちは
この3次元システムを使って学んでいるのです。

いつかこのことが
とてつもない恵みであったということを
わたしたちは理解するでしょう。



*CommentList

重い病を抱えて苦しんでいる方へ

こんばんは。綺麗な満月です。
今日は暖かかったですね。春一番でしょうか?
わたしの家の近くで梅が咲いているのも見つけました。
モクレンの小さなつぼみや桜の枝先もふくらんで
春の訪れが間もなくであることを告げています。心躍る季節です。

この5日間 エンジェル・インビテーションという不思議なご縁で
我が家に天使が滞在し 
それはそれは素晴らしいギフトを受け取りました。

わたしは圧倒的な愛で神から宇宙からそしてたくさんのマスターや人々や自然から
愛されているのだということを実感した5日間でした。
無条件の愛は変容を起こします。
どうしたらわたしはその愛に報いてゆくことができるだろう?と考え続けています


天使を信じない人もおられると思いますが
わたしたちより高い意識の状態にある目には見えないスピリットは実在しています。

わたしがこのお仕事を始めるきっかけになった
12年前のセドナへの旅にも匹敵するような濃い5日間。
たくさんのたくさんのことを学びました。

それはクリスマス・キャロルの中でスクルージが体験したように
始まりにはわたしの中に潜んでいた底なしの恐怖に落ちるところから始まりました。
わたしにはどこか 不安定な感じやすいところが多くあって
はっきりいってしまうとちょっと弱いところがあったのです。

今思うとドラマのように思えるのですが
心底「自分はまもなく死ぬのだ」という恐怖を実感しました。

今 重い病気にかかって不安に押しつぶされそうな方がおられるかもしれませんが
恐れさえ捨てることができれば 死の目前であったとしても必ず助かります。
そこまで病が重くなったのは 病状を気にして 恐れたからです。
ですから恐れることをやめれば 身体は元に戻り始めます。
さらに 健康な状態を意識すれば 即座に身体は反応します。


余命宣告をされると 一部の人を除いては 「死の恐怖」に襲われます。
これは自然な反応だと思います。
そしてその恐怖に取りつかれてしまうことによって 実際に身体を弱らせてしまうのです。

わたしは重い病気にかかりそれを克服した人と 克服できなかった人をよく観察するように示されました。
そこまでひどい病状ではなかったにもかかわらず命を落としてしまう人もいれば、まさに必死、死の目前といった状況から生還した人もいます。

そこには、これを飲んだからとか あの療法に取り組んだからという絶対的な因果関係は見い出せないのです。

でもただ一つ 見出せたこと。

それは 回復した人は心が平和だったのであり 回復できなかった人は心が恐れでいっぱいだったということです。

「きっと良くなる」と信じることができた人はもちろん、たとえ諦めたように見える人でも、いったん病気を受け入れた人にはどこか心の平和があります。

一方で、決してあきらめないと頑張って強い気持で病気と戦っているように見える人の心の中にも恐れが見えることがあります。
この場合実際には戦っているのではなく、逃げているのです。
逃げるのは「恐れ」が潜在意識にある証拠だとは思いませんか?

この違いは何かといえば、その人の意識の向いている先が「健康」か「死」かということです。
それだけが生と死を分けているのです。

意識の向き先というのは潜在意識の向きですから、いくら「絶対に良くなる」と信じようとし、言葉に出し、行動しても、潜在意識が死を恐れているなら 意識の向いている先は「死」であり 死に向かってしまうのです。

一方で「恐れ」の方向に向きさえしなければ、たとえ「健康」にことさら意識を合わせていなかった人でさえ「回複」に向かうのです。

ニュートラルな状態はどこにも舵を切っていない状態ですから、そのような時には肉体は自動的に「生存」の方向に向くようにできています。
その方向を「恐れ」という意識によって、わざわざ悪い方向に向けてしまうことは是非とも避けなければなりません。

「恐れ」こそが、病気の正体であり 
人間の心が作り出したこの「恐れ」という実態のない意識が形をとったものが病気という創造物であるということをわたしは学びました。

ですから重い病気にかかってしまったなら まずしなければならないことは治療ではなく
心の平安を取り戻すことです。

そのためには、今どのような状態であったとしても 健康に戻るためには 現状に振り回されてはいけないのです。

ですから念のための検査というのはとてもよくないシステムです。
今の状況がいかなるものであっても、今あなたが存在している状況から向かう方向は
「健康」か「死」のどちらかであり あなたがそれを決める力を100%与えられているのです。
これは現在健康な人も全く同様です。

あなたがもし今生きているのであれば、そこから「健康」に向かう方向に舵を切れば、
あなたは決して病気で死ぬことはありません。

最初はどんなにゆっくりなペースであっても 
方向がよくなる方向に向かっているのであれば、いつかは健康に到達するでしょう。

目的地の一歩手前であったとしても、そこから踵を返してもと来た道を戻れば
決して目的地に着かないのと同じことです。
逆にそれほど悪い病状でなくても、いつも悪くなっているのではないか?悪くなるのではないか?
と「病気」や「悪化」に意識の舵が向いていれば、じりじりと悪くなっていってしまうのです。

逃げないこと。
決して今の状況から目をそむけたり、何も起こっていないふりをしてはいけません。
何かから逃げているときには、常に追手を意識するものだとは思いませんか?
病気や死から逃げているとき、あなたの意識はそこから離れることができていません。
潜在意識は恐れでいっぱいなのです。そうでなければ逃げないでしょう?
いったん受け入れるのです。そこから向きを変えることができるのですから。

そして闘わないことです。
病気にかかったことが悪いこと、起こらなければよかったことだと感じていると 病気と闘ってしまいます。
闘うことは病気に意識がロックオンされています。
意識は常に病気にではなく健康にロックオンするのです。

力まなくても意識が「病気」や「死」に向き続けていなければ 
「恐れ」から解放されれば、必ず病は良い方向に向かいます。

意識の向きを「健康」や「生」に向けると決めたのなら、そこからは現状を見ないことです。
今のあなたの病状は今までの意識の結果なのであり、あなたが舵を切り直した結果は
次第に現われてきます。

でも種をまいても土から芽が顔を出すまでには時間がかかるように
それがすぐに現れないからといって 現状を調べてがっかりしたり
やっぱり悪くなっているんじゃないだろうか?と疑うことは
土を掘り返して 芽がちゃんと出るのかどうか何度も確かめることと一緒です。

そんな事していたらなかなか芽は出ないでしょう。
それは芽が出ることを妨げる行為です。

潜在意識は目には見えず、ひょっとしたら知らないうちに忍び込んだ意識によって
あなたは病気になったのかもしれません。
そこから病の元となる意識を追放するには、
まず顕在意識でそこに意識を向けないことが大切です。

いったん恐れにつかまってしまった状態から(それが長く続けば続くほど切り替えにくくなります)
どうしたら効果的に恐れのないニュートラルな状態、さらに健康にフォーカスした喜びの状態に意識を切り替えることができるだろう?とわたしは問いつづけました。
今も問い続けています。

いくつかの効果的な方法が目の前に示されました。
わたしが昨年から取り組みつづけている潜在意識
そこにすべての鍵があったのです。

なぜ昨年から潜在意識の働きに強い関心を持ち続けてきたのかも
理解できました。

わたしは本気でこの地球から怖れや病気を無くしたいと思っているのだと
それが幻想であり、創造主であるわたしたち人間が
そのすべてを創り出すことのできる力を使って創りだしてしまったものなのだということを
すべての人に思い出してもらうためのお手伝いをしてゆきたいのだと
そのために今自分は存在しているのだとはっきりと自覚しました。

また書けるときに続きを書きますが
この体験を通じて わたしは
 
今この地球に命を持って生きるということの真の意味

たくさんの生命がわたしに生命を注いでくれていること

この世界に存在しているものは何ひとつ分離してはおらず生命を分かち合っていること

この世の中には起こってはならないことなど何一つなく 存在すべきでないものもないこと

わたしたちは神(宇宙・創造主)の腕の中で何ひとつ心配しないで 安心していていいのだということ

を学びました。

そして 今ここに生きているということがどれほど恵みと奇跡に満ちているのかということを実感したのです。

わたしは感激屋なところがあるので、自分でも生きていることの喜びを感じたことは何度もあります。
そしてまたこのような言葉をわたしは何度も読んだことがありましたが 
その時には当たり前のような感覚しか感じなかったものでした。

ですが 自分の命が消えることを実感を伴って意識したことで 「生きる」ということが強烈なコントラストによって際立って感じられました。

今までわたしが感じていた喜びや感謝は 実際に生きていることの恵みや奇跡に対しては
あまりにも小さいものだったのです。
今わたしは 生きるということがどれほど素晴らしいことなのかを生まれて初めてと言えるような感覚を持って実感しています。

今までわかったような気分でいたわたしは、なんて偉そうだったんでしょう!
このことは病にかかった人々に与えられた特権なのではないでしょうか。
こんな風に「生きる」ということの真の意味を自然に学ぶことは死を意識しなくては難しいと思います。
病気はメッセージだと言います。
わたしはさらに恩寵である。と言いたいのです。
それは何かの罰でも 不運な出来事でもなく
あなたが生き方を見直し 
真に「生きる」ということの意味を知った上で生きることができるようになるためのチャンスなのです。

わたしは今 そう確信しています。






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